【8/25】高市首相「弱腰批判は当たらない」|ICC赤根所長への米制裁と日本の板挟み

【8/25】高市首相「弱腰批判は当たらない」|ICC赤根所長への米制裁と日本の板挟み

高市早苗首相は2026年8月25日、首相官邸で記者団に対し、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長がトランプ米政権の制裁対象に指定された問題への政府対応について「弱腰とのご批判は当たらないと思っております」と述べました。米国に対して「赤根所長を制裁対象にしないよう累次にわたって様々なレベルでぎりぎりまで働きかけを続けてまいりました」と説明し、制裁そのものは「日本の立場と相いれず、深刻に受け止めている」と表明しています。首相が自ら「弱腰批判」という言葉を使って反論した形で、批判は野党だけでなく自民党内からも出ていました。

この記事でわかること

  • 首相の反論:8月25日、官邸で記者団に「弱腰とのご批判は当たらない」と発言。1月に赤根所長と面会し、制裁に備えて送金など取引に困らないよう対応してきたと明かしました。
  • 批判の出どころ:8月21日の自民党外交部会などの合同会議で「米国に制裁撤回を求めるべきだ」との不満が続出。閣僚経験者や国際人権団体からも発信が弱いとの指摘が出ています。
  • 赤根所長の要請:8月26日のオンライン会見で「ICCは決して負けない」と述べ、他の加盟国が米国の圧力で脱退しないよう日本が働きかけるべきだと求めました。
目次

高市首相はなぜ「弱腰批判は当たらない」と反論したのか

ICC赤根所長への米制裁をめぐり、政権の対応が生ぬるいという批判が与党内と国際人権団体の双方から出たためです。

制裁が発表されたのは8月18日(米国時間)。それから1週間のあいだに、批判は野党よりもむしろ自民党の内部と、国際法・人権の分野から強まりました。首相が記者団の前で「弱腰」という語を自分から取り上げて否定したのは、その圧力が無視できない水準に達していたことを示しています。

まず、8月18日から26日までに何が起きたのかを時系列で整理します。

日付 出来事
8月18日 米国が赤根智子ICC所長と、セネガル出身のアブドゥライェ・セエ上級法廷弁護士の2人を制裁対象に指定。ICC関係者の制裁対象は累計13人
8月19日ごろ 高市首相は「大変残念に思っている。これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応していく」と表明
8月21日 自民党本部の外交部会などの合同会議で「米国に制裁撤回を求めるべきだ」「赤根氏を守らないといけない」と不満が続出(時事通信)
8月25日 高市首相が官邸で「弱腰とのご批判は当たらないと思っております」。制裁は「日本の立場と相いれず、深刻に受け止めている」
8月26日 赤根所長が日本記者クラブのオンライン会見で「ICCは決して負けない」「制裁を受ける理由はない」と述べる

8月19日の「大変残念」から、8月25日の「深刻に受け止めている」まで、政府の言葉は1週間で明らかに強まっています。

8月25日の発言は、どこで何と述べたのか

首相官邸で記者団に「弱腰とのご批判は当たらないと思っております」と述べ、米国への働きかけを続けてきたと説明しました。

テレビ朝日系(ANN)が伝えた発言の原文は次のとおりです。「弱腰とのご批判は当たらないと思っております。米国に対しましては赤根所長を制裁対象にしないよう累次にわたって様々なレベルでぎりぎりまで働きかけを続けてまいりました」。

日本経済新聞によれば、首相は具体的な対応として、2026年1月に赤根所長と面会していたこと、制裁対象となった場合に備えて「送金など取引に困らないよう親身に対応してきた」ことを明かしています。ただし米国への働きかけの中身については「様々なレベル」と述べるにとどまり、どの当局者に何を求めたのかは公表されていません。

「大変残念」から「日本の立場と相いれない」へ言葉が強まった

制裁指定の直後は「大変残念に思っている」という表現でしたが、8月25日には「深刻に受け止めている」に変わりました。

J-CASTニュースによれば、制裁発表を受けた当初の首相のコメントは「大変残念に思っている。これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応していく」というものでした。この「残念」という語の弱さが、批判の直接の引き金になっています。

国際法を専門とする谷口真由美氏(ビジネスと人権研究所代表理事)は同記事で、「国際法の末席にいる者として高市総理の『残念』という発言が残念だった」と述べ、「日本政府はICCの所長選挙の時に赤根さんをサポートしてきた。サポートをしたのに、いきなりはしごをはずしたような印象を受ける」と指摘しました。そのうえで「日本はICCへの最大のお金の拠出国であり、裁判官も検察官も出し続けてきた。なんでここまでアメリカの顔色をうかがって残念という言葉しかでてこないのか」と疑問を投げかけています。

米国はICC赤根所長に何をしたのか

8月18日に制裁対象へ指定し、米国内の資産を凍結して米国の金融システムから事実上締め出しました。

根拠になっているのは、2025年2月にトランプ大統領が署名したICC制裁に関する大統領令です。Human Rights Watch(HRW)によれば、今回の指定対象は赤根所長と、セネガル出身のアブドゥライェ・セエ上級法廷弁護士の2人。これでICCの裁判官・検察官らのうち制裁対象は累計13人になりました。

制裁が個人にどう効くのかを、3つの段階に分けて示します。

① 指定

米財務省が個人を制裁リストに載せる。2025年2月の大統領令が法的な根拠になる

② 資産凍結

米国内にある資産が凍結される。米国企業との取引も禁じられる

③ 生活への波及

米国の決済網に依存するカード・送金が使えなくなり、国外での日常生活に支障が出る

③は理屈の上での話ではなく、赤根所長自身が実際に起きていると証言しています。

クレジットカードが使えなくなった

赤根所長は8月26日の会見で、米国企業との取引が禁じられたことでカードが使えず生活に支障が出ていると説明しました。

AFPBB Newsによれば、赤根所長は日本記者クラブのオンライン会見で「すでにクレジットカードが使えなくなるなど生活に支障が出ている」と語りました。国際的な決済網の多くが米国の金融システムを通っているため、オランダ・ハーグを拠点とする日本人であっても、米国の制裁指定は日常の支払いに直接届きます。

赤根所長は2024年3月に日本人として初めてICC所長に選出された人物で、ロシアのプーチン大統領に逮捕状を出した裁判官3人のうちの1人でもあります。制裁そのものの経緯は、当サイトの【8/19】ICC赤根智子所長に米が制裁 日本は最大拠出国という板挟みで詳しく整理しています。

「弱腰」と批判しているのは誰か

自民党の外交部会、閣僚経験者、国際人権団体アムネスティ、国際法の研究者です。批判は与党内からも出ています。

この問題の特徴は、批判の主力が野党ではないことです。時事通信が伝えた党内の空気と、外部からの指摘を並べます。

誰が いつ・どこで 何と述べたか
自民党の外交部会などの合同会議出席者 8月21日・党本部 「米国に制裁撤回を求めるべきだ」「赤根氏を守らないといけない」と不満が続出
自民党の閣僚経験者 時期は非公表 「首相の発信は全然足りない」
アニエス・カラマール氏(アムネスティ・インターナショナル事務総長) 時期は非公表 日本政府の発信について「かなり弱い」
谷口真由美氏(ビジネスと人権研究所代表理事) J-CASTニュースの取材 「いきなりはしごをはずしたような印象」「なんでここまでアメリカの顔色をうかがって」

与党の部会で「制裁撤回を求めるべきだ」という声が上がったにもかかわらず、政府が公式に撤回要求へ踏み込んだ形跡が確認できない点が、批判の焦点になっています。

なお時事通信は、政権への「弱腰」批判はICC対応に限らないと伝えています。国民民主党の玉木雄一郎代表は8月18日、ロシア対応をめぐって「政権の姿勢は弱腰に過ぎる」と述べました。こちらは北方領土をめぐる日ロ間のやり取りに関する発言で、ICCの件とは別の文脈です。関連する経緯は【8/18】北方領土めぐりロシアが日本大使呼び出し|対抗措置の応酬にまとめています。

赤根所長は日本政府に何を求めたのか

他の加盟国が米国の圧力に負けて脱退しないよう、日本が働きかけることです。8月26日の会見で日本政府に直接求めました。

赤根所長は制裁について「制裁を受ける理由はない。ICCは決して負けない」と述べ、対象が個人からICC組織全体に広がった場合でも「できる限り抵抗する」と強調しました。訴追手続きについても「これからも問題なく(訴追の)手続きを進める」と明言しています(日本経済新聞・AFPBB News)。

そのうえで日本政府に対しては、「首相や外相の言葉にあったように今後もICCと世界の法の支配を守り抜くための最大限の努力をしてほしい」と要請しました。また、米国の圧力によって他の加盟国が脱退へ傾かないよう、日本に注力してほしいと呼びかけています。

この要請は、日本に米国と正面から対決せよという内容ではありません。加盟国をつなぎ留める外交をしてほしい、という要求です。政府が「働きかけを続けてきた」と説明する内容と、赤根所長が求める役割は、必ずしも食い違っていない可能性があります。ただし政府の働きかけの中身が公表されていない以上、外から検証することはできません。

日本はなぜICCと米国の板挟みになるのか

同盟国の米国と、日本が最大の資金提供国であるICCが正面から衝突しているためです。どちらも切り離せません。

日本はICCの締約国のなかで最大の拠出国であり、裁判官を継続的に送り出してきました。一方の米国は、ICCに加盟していません。日本とICCの関係を数字で示します。

項目 内容
日本の位置づけ 締約国のなかで最大の拠出国
分担率・金額 分担率約15.4%・年間約36.9億円(nippon.comなど、2024年実績)/東京新聞は2026年8月26日の記事で「45億円」と報道。媒体によって数字が異なるため、そのまま併記します
人材面 加盟以降、継続して日本人裁判官が選出。現在は赤根智子氏が所長
米国の立場 ICC非加盟。中国・ロシアも非加盟

資金でも人材でもICCを支えてきた日本が、その組織のトップを同盟国から制裁される、という構図です。

この板挟みを図にすると、次のようになります。

米国(ICC非加盟)

日本の同盟国。ICCを政治化された裁判所だとして批判し、所長個人へ制裁を科した

ICC(日本は最大の拠出国)

日本が資金と人材の両面で支えてきた国際司法機関。所長は日本人の赤根智子氏

日本の立ち位置:同盟関係を損ねずに、自国が支えてきた制度と自国民のトップを守る必要がある。撤回要求に踏み込めば同盟に、踏み込まなければ制度と人材に負荷がかかる

「弱腰か否か」という問いの立て方だけでは、この二方向の負荷は片づきません。あわせて問われているのは、日本が拠出額に見合う発言力をこれまで確保できてきたのか、という積み重ねの部分です。

米国がICCそのものの解体に言及した経緯は、ルビオ米国務長官がICC解体を宣言|日本は最大スポンサーという矛盾と国益の岐路【2026年7月】で扱っています。

これから何が焦点になるのか

制裁がICC組織全体へ広がるか、加盟国の脱退が出るか、日本が撤回要求に踏み込むかの3点です。

1つ目は制裁の範囲です。赤根所長は、対象が個人からICC組織全体に及ぶ可能性を想定した発言をしています。仮にそうなれば、日本が拠出している分担金の送金経路そのものが実務上の論点になり得ます。

2つ目は加盟国の動きです。赤根所長が日本に求めたのは、まさにこの脱退の連鎖を防ぐ働きかけでした。実際に脱退の動きが出るかどうかは、8月30日時点の報道では確認されていません。

3つ目は日本政府の姿勢です。自民党の部会で出た「制裁撤回を求めるべきだ」という声に政府が応じるのか、それとも「様々なレベルでの働きかけ」という現在の枠組みを維持するのか。首相が「弱腰批判は当たらない」と述べた以上、次に問われるのは働きかけの中身がどこまで開示されるかになります。

よくある質問

Q. 高市首相は米国に制裁の撤回を求めたのですか。

A. 首相は「赤根所長を制裁対象にしないよう累次にわたって様々なレベルでぎりぎりまで働きかけを続けてまいりました」と述べています。これは制裁が決まる前の働きかけについての説明であり、指定後に公式な撤回要求を行ったと明言した記録は、8月30日時点の各紙報道では確認できません。

Q. 「弱腰」と批判しているのは野党ですか。

A. ICC対応については、報道で確認できる批判の中心は自民党の外交部会などの合同会議の出席者と閣僚経験者、それに国際人権団体や研究者です。国民民主党の玉木雄一郎代表が8月18日に「政権の姿勢は弱腰に過ぎる」と述べていますが、これはロシア対応についての発言で別の文脈です。

Q. 赤根所長は辞任するのですか。

A. 辞任には言及していません。8月26日の会見では「制裁を受ける理由はない。ICCは決して負けない」と述べ、「これからも問題なく(訴追の)手続きを進める」と職務の継続を明言しました。

Q. 日本のICC拠出額は結局いくらですか。

A. 媒体によって数字が異なります。nippon.comなどは分担率約15.4%・年間約36.9億円(2024年実績)としており、東京新聞は2026年8月26日の記事で「45億円」と報じています。対象年度や集計の取り方が違う可能性があるため、本記事では一方に寄せず両方を示しています。

参考情報

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