【10/21】金与正氏が談話|境界線に攻撃手段の増強検討、警告射撃201回に反発

北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党総務部長が10月19日に談話を出し、韓国との軍事境界線(MDL)付近に「戦術的攻撃手段の増強配備を検討している」と表明しました。韓国向けの拡声器放送の再開にも触れ、韓国軍の警告射撃に対抗する姿勢を示しています。韓国国防省は20日、警告射撃は「正当な防衛措置」だとして、追加の挑発には断固対応すると反論しました。この記事では、談話の中身、北朝鮮が反発した理由、韓国の対応、9月の地雷事故から続く緊張の流れを、読売新聞・産経新聞・毎日新聞・ロイター・中央日報の報道をもとに整理します。
この記事でわかること
- 談話の中身:10月19日、境界線付近への「戦術的攻撃手段の増強配備」と拡声器放送の再開を検討すると表明
- 反発の理由:韓国軍の警告射撃に対抗するもの。金氏は8月1日〜10月17日に警告射撃が201回あったと主張
- 韓国の対応:国防省は「正当な防衛措置」と反論し、合同参謀本部議長は境界線での「強化作戦」を指示
金与正氏の談話は何を言ったのか?
境界線付近に攻撃手段を増やす配備と、韓国向け拡声器放送の再開を検討していると表明した談話です。
読売新聞によると、金与正氏は10月19日、「(韓国との)国境は非常に不安定だ。戦術的攻撃手段の増強配備を検討している」とする談話を出し、朝鮮中央通信が同じ日に伝えました。北朝鮮は軍事境界線を韓国との「国境」とみなしており、談話でもこの言い方を使っています。
「戦術的攻撃手段の増強配備」を検討
金氏は境界線の情勢を「非常に不安定」とし、戦術的な攻撃手段を増やして配備することを検討すると述べました。
産経新聞は同じ部分を「戦術的打撃手段の増強を検討している」と訳しています。どの兵器を指すのか、談話は具体的に明らかにしていません。金氏は韓国軍の対応を「重大な情勢激化行為だ」と批判し、「対処しがたい危機に直面するだろう」と警告しました(読売新聞)。
韓国向けの拡声器放送も再開を検討
ロイターによると、金氏は境界線付近への戦術兵器の追加配備とあわせ、拡声器による放送の再開も検討していると述べました。
拡声器放送は、境界線をはさんで相手側に宣伝や音を流す手段で、南北の緊張が高まるたびに使われてきました。再開を口にしたことは、言葉だけでなく実際の行動で圧力をかける可能性を示したものです。
拡声器をめぐる2025年からの経緯
韓国は2025年夏に放送を止めて撤去を進めましたが、北朝鮮は撤去を否定し、今回は再開の検討まで表明しました。
ロイター(ニューズウィーク日本版が配信)によると、韓国軍は2025年8月9日、北朝鮮軍が境界線付近の一部で宣伝放送用の拡声器を撤去する動きを確認したと発表しました。ところが金与正氏は同月14日、拡声器を撤去したことはなく、今後も撤去するつもりはないと述べ、北朝鮮が韓国の融和姿勢に応じたという見方を「夢物語」だと退けています。今回の「再開検討」は、撤去を否定していた拡声器を北朝鮮が実際に使う可能性を示した点で、1年余り前の談話とつながっています。
「先制的措置」とまで踏み込んだ
中央日報は、金氏が韓国軍の警告射撃について「先制的措置」を取ると威嚇したと伝えています。
韓国軍当局はこれに対し、「居直りの責任転嫁」だと反論しました(中央日報)。「先制的措置」が何を指すのかも、談話の報道からは分かっていません。
次の項目では、金氏が何に反発しているのかを、本人が挙げた数字から見ていきます。
なぜ反発したのか?金氏が挙げた「警告射撃201回」
北朝鮮が反発しているのは、境界線付近で韓国軍が繰り返している警告放送と警告射撃です。
中央日報によると、金氏は談話で、韓国軍が8月1日から10月17日までに警告放送を2,870回、警告射撃を201回行ったと主張しました。そのうち10月1〜17日の警告射撃は91回で、さらにその中の60回余りが15〜17日の3日間に集中したと強調しています。数字はいずれも北朝鮮側の主張で、韓国軍が同じ数字を認めたという報道は10月21日時点で見当たりません。
金氏が挙げた数字を、期間ごとに整理します。
| 期間 | 韓国軍の警告射撃(金氏の主張) | 補足 |
|---|---|---|
| 8月1日〜10月17日 | 201回 | 同じ期間の警告放送は2,870回 |
| 10月1日〜17日 | 91回 | 201回のうちの10月分 |
| 10月15日〜17日 | 60回余り | 91回のうちの直近3日 |
金氏の主張する数字では、10月の警告射撃の約3分の2が15〜17日の3日間に集中しています。
境界線の「要塞化」と越境が引き金
韓国軍の警告射撃は、北朝鮮軍が境界線の北側で進める「要塞化」の作業中に、韓国側へ入り込むことへの対応です。
読売新聞によると、北朝鮮は軍事境界線の北側で地雷の埋設などの要塞化を進めていて、作業中に韓国側へ侵入する事案が続いています。中央日報は軍関係者の話として、陸軍第21師団が受け持つ東部戦線で、15〜17日の期間に北朝鮮軍による境界線の侵犯が数十回あったと伝えました。この地域は南北で境界線の位置の認識が違い、北朝鮮軍の武装した兵士4〜5人が周期的に南へ下りてくるといいます。
中央日報は、韓国軍の集中的な警告射撃で前線の作業に支障が出たため、金氏が自ら対応したという見方が軍の内外にあるとも報じています。
韓国はどう反論したのか?
韓国国防省は、警告射撃は「正当な防衛措置」であり、追加の挑発には「断固として処罰する」と反論しました。
ロイターによると、国防省は20日の声明で、境界線付近での放送や警告射撃は越境を防ぎ、越えてきた北朝鮮兵を退かせるための措置だと説明しました。そのうえで北朝鮮に対し、根拠のない主張や境界線を越える行為をやめ、境界線をめぐる認識の違いを解消する取り組みに応じるよう求めています。産経新聞は、国防省が金与正氏を名指しして「軍事的威嚇で緊張を高めた」と懸念を表明したと伝えました。
合同参謀本部議長「責任転嫁は容認できない」
韓国軍トップの陳永承(チン・ヨンスン)合同参謀本部議長は、北朝鮮の主張を「責任転嫁」として退けました。
毎日新聞によると、陳議長は20日、境界線付近を守る部隊を訪れ、「我々の正当な措置を挑発だと規定し、軍事的緊張の高まりを我が軍に責任転嫁したことは容認できない」と述べました。境界線周辺で主導権を握るための「強化作戦」を行うと表明し、追加の挑発には断固とした対応を取るよう指示しています。
監視塔やカメラで前線を固める
韓国軍は非武装地帯(DMZ)の中に高さ20メートルの監視塔や中距離カメラを置く措置も進めます。
中央日報が伝えたもので、作戦上の主導権を確保するための措置と位置づけられています。言葉の応酬だけでなく、双方が前線の設備を増やす段階に入りつつあります。
南北それぞれの主張を、並べて整理します。
| 論点 | 北朝鮮(金与正氏) | 韓国(国防省・合同参謀本部) |
|---|---|---|
| 警告射撃 | 情勢を悪化させる「重大な情勢激化行為」 | 越境を防ぐ「正当な防衛措置」 |
| 越境 | 「根拠がない」 | 東部戦線で数十回あったと軍関係者 |
| 9月の地雷事故 | 韓国の「自作劇」 | 北朝鮮の地雷で、休戦協定違反 |
| 今後の対応 | 攻撃手段の増強配備・拡声器放送の再開を検討 | 境界線での「強化作戦」・追加挑発には断固対応 |
軍事行動をめぐる双方の主張は対立しています。一方で、韓国側は境界線をめぐる認識の違いを解消する協議も求めています。
9月の地雷事故から続く緊張の流れ
今回の応酬の前には、9月に非武装地帯で地雷が爆発し、韓国軍の将兵3人が負傷した事故がありました。
読売新聞によると、韓国軍は北朝鮮の地雷と特定して謝罪を求めましたが、北朝鮮は「自作自演だ」と主張しています。金氏は19日の談話でもこの事故を韓国側の「自作劇」だと改めて主張しました(産経新聞)。ロイターによると、陳議長は地雷を置いた責任は北朝鮮にあり、「明白な挑発」で休戦協定違反だと述べています。
9月から10月21日までの流れを図にまとめます。
軍事境界線をめぐる南北の応酬(2026年)
地雷事故や越境をめぐる警告射撃が続き、南北双方の非難が強まっています。
李在明政権の対話路線はどうなるのか
対話再開の見通しは立っていませんが、韓国政府は境界線をめぐる協議を求めており、対話路線は撤回していません。
読売新聞によると、韓国の李在明(イ・ジェミョン)政権は対話再開を目指して融和政策を続けています。それでも9月の地雷事故、今回の談話と、境界線付近の緊張は収まっていません。韓国国防省の声明も、強い反論と同時に「境界線をめぐる認識の違いを解消する取り組みに応じるよう」北朝鮮に求めており、対話の扉を閉じない姿勢を残しています(ロイター)。
融和の呼びかけに北朝鮮は応じていない
北朝鮮は2025年夏から一貫して、韓国の融和姿勢に応じない立場を談話で示してきました。
前の項目で触れたとおり、金与正氏は2025年8月、韓国の対北朝鮮政策は変わっておらず今後も変わることはないとの見方を示しています(ロイター)。今回の談話でも、韓国軍の警告射撃を「重大な情勢激化行為」と位置づけ、対話ではなく軍事的な対抗を前面に出しました。韓国側の呼びかけと北朝鮮の言葉は、1年以上かみ合わないままです。
(編集部分析)融和政策を続けても、北朝鮮が軍事境界線を「国境」とみなして要塞化を進める姿勢は変わっていません。相手が対話に応じないまま前線の設備を増やしている以上、善意だけで緊張は下がらないことを今回の応酬は示しています。
韓国は警告射撃を続ける構えで、北朝鮮がどう動くかが次の焦点になります。
日本にとって何が問題なのか
境界線の衝突が広がれば在日米軍や自衛隊の警戒態勢に響き、ミサイル発射が続く北朝鮮の動きとも重なる点が問題です。
北朝鮮は10月12日にも弾道ミサイル2発を発射し、2発目は910キロ超を飛んで変則的な軌道を描いた可能性が指摘されました。詳しくは「【10/12】北朝鮮ミサイル2発|2発目は910km超で変則軌道の可能性」で整理しています。今回の談話そのものは韓国に向けたもので、日本を名指ししてはいません。ただ、境界線での応酬とミサイル発射は、北朝鮮の軍事行動が活発になっている同じ時期の動きです。
(編集部分析)日本にとって大事なのは、半島の緊張を「よその国の口げんか」として片づけないことです。北朝鮮は核・ミサイルの開発を止めておらず、日本列島は射程の中にあります。米国や韓国との連携は欠かせませんが、相手国の政権の方針しだいで対北姿勢は揺れます。日本が自前の情報収集とミサイル防衛の力を高め、自国を自分で守る備えを進めることが、主権国家としての基本だと言えます。
金与正氏の談話のよくある質問
今回の談話をめぐって、よく調べられている点に答えます。
Q. 金与正氏の肩書きは何ですか?
A. 朝鮮労働党の総務部長です。読売新聞・産経新聞・毎日新聞は、いずれも10月の報道でこの肩書きを使っています。金正恩総書記の妹です。
Q. 軍事境界線(MDL)とは何ですか?
A. 朝鮮戦争の休戦協定で決まった、南北の軍を分ける線です。その南北2キロずつが非武装地帯(DMZ)で、北朝鮮はこの線を韓国との「国境」とみなしています。
Q. 拡声器放送はもう再開されたのですか?
A. 10月21日時点で、再開したという報道はありません。談話は再開を「検討」していると述べた段階で、実際に流すかどうかはこれからの動きで分かります。
この先の変化を見るときは、次の3点を確かめてください。
- 北朝鮮が境界線付近に攻撃手段を実際に追加配備したか(韓国合同参謀本部の発表)
- 北朝鮮が韓国向けの拡声器放送を再開したか(韓国国防省・合同参謀本部の発表)
- 韓国軍が警告射撃や前線の作戦を変えたか(韓国国防省の発表)
北朝鮮がミサイルを発射したときは、日本の防衛省が発表を出すので、あわせて確かめてください。
参考情報
- 読売新聞オンライン「北朝鮮の金与正氏、南北軍事境界線で『戦術的攻撃手段の増強検討』」(2026年10月20日)https://www.yomiuri.co.jp/world/20261020-GYT1T00295/
- 産経新聞「韓国軍、金与正氏名指しで懸念を表明『軍事的威嚇で緊張高めた』」(2026年10月20日)https://www.sankei.com/article/20261020-NQFHMRDZ7RN5XG5VT6PBOMOCFU/
- 毎日新聞「『北朝鮮が挑発なら断固対応』 韓国軍、MDLの『強化作戦』表明」(2026年10月20日)https://mainichi.jp/articles/20261020/k00/00m/030/120000c
- ロイター「韓国、北朝鮮に『断固たる処罰』警告 境界での軍備増強示唆受け」(2026年10月20日)https://www.reuters.com/jp/world/security/TNCZTYUOTBI5JEIWEDKHSJLIAY-2026-10-20/
- 中央日報日本語版「金与正氏『先制的措置を取る』と威嚇、韓国軍『居直りの責任転嫁』」(2026年10月21日)
- ニューズウィーク日本版(ロイター配信)「北朝鮮の金与正氏、拡声器撤去を否定」(2025年8月14日)https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/299121
