【10/1】東沙島の中国漁船に放水砲90秒|台湾海巡署が食事を出した理由

南シナ海の東沙島(とうさとう)周辺で2026年10月1日、台湾の海洋委員会海巡署(日本の海上保安庁にあたる組織)が、制限水域で錨を下ろしたまま退去しない中国漁船に放水砲を浴びせました。ところが同じ船が動けなくなると、海巡署は温かい食事を差し入れ、夜のうちに水域の外までえい航しています。

この記事では、放水から引き渡しまでの経過を時刻順に整理し、なぜ放水した相手に食事を出したのか、中国側が何と言っているのか、日本の尖閣諸島での対応と何が違うのかを、台湾の報道と公的な情報をもとにまとめます。

この記事でわかること

  • 何が起きたか:東沙島の東27カイリで投錨した中国漁船「金鯊」に、巡視船「雲林艦」が上空へ30秒、操舵室へ90秒放水した
  • 食事を出した理由:退去しかけた金鯊が動力を失ったため、海巡署は救援に切り替え、熱食35食分を出して水域外へえい航した
  • 中国側の反応:中国の国務院台湾事務弁公室は「危険な方法で乱暴に扱ってはならない」と台湾側を批判した
目次

東沙島の中国漁船に台湾が放水砲、何があったのか

10月1日、台湾が定める東沙島の制限水域で投錨した中国漁船2隻のうち、退去を拒んだ1隻に巡視船が放水しました。

台湾の中央通信社(中央社)によると、海巡署の巡視船「雲林艦」は1日午後3時ごろ、東沙島の東27カイリ(約50キロ)、制限水域の内側へ8カイリ入った海域で、中国籍の漁船「粤恵東漁75066」と「金鯊」の2隻が錨を下ろして操業しているのを見つけました(中央社)。日本語版のフォーカス台湾も同じ内容を10月2日に伝えています。

2隻のうち「金鯊」だけが錨を上げなかった

「粤恵東漁75066」は無線の呼びかけで退去しましたが、「金鯊」は3回呼びかけても錨を上げませんでした。

台湾の公共テレビ(公視)は、海巡署の呼びかけが合わせて17分間に及んだと報じています(公視新聞網)。聯合報によれば、「粤恵東漁75066」は2回目の呼びかけの後に従って水域を離れました(聯合報)。

放水は上空へ30秒、操舵室へ90秒の2段階

雲林艦は200メートル離れた位置から上空へ30秒放水し、効果が無いと見ると近づいて操舵室へ90秒放水しました。

この2段階の放水の後、金鯊はようやく錨を上げて水域を離れる動きを見せました。海巡署は、中国の船を退去させる際の手順と「低致死性武器」の使用手順(SOP)に沿って、高圧の放水砲を使うときは命に関わる部位を避けたと説明しています(経済日報)。

なお、中央社と台湾の報道サイト「風傳媒」は、同じ1日の午前11時ごろにも、東沙島の北東15.5カイリ(禁止水域の内側5.5カイリ)で正体不明の目標をとらえていたと伝えています(風傳媒)。この目標が何だったのかは、報道では明らかになっていません。

放水から引き渡しまでの経過を時系列で

放水は1日の午後、食事は夜8時ごろ、引き渡しは翌2日の午前6時15分で、全体はおよそ15時間でした。

各紙の報道を時刻順に並べると、次のとおりです。

日時 出来事 報じた媒体
10月1日 午前11時ごろ 東沙島の北東15.5カイリ(禁止水域内)で正体不明の目標をとらえる 中央社・風傳媒
10月1日 午後3時ごろ 東沙島の東27カイリ(制限水域内8カイリ)で中国漁船2隻の投錨を確認 中央社
同日 午後 無線で3回呼びかけ。1隻は退去、金鯊は拒否。上空へ30秒、操舵室へ90秒放水 中央社・聯合報・公視
同日 夜8時ごろ 動力を失った金鯊に、小型艇で温かい食事35食分を届ける 中央社・フォーカス台湾
同日 夜11時ごろ 雲林艦が金鯊を制限水域の外までえい航。増派された巡視艇PP-10032が警戒 中央社・自由時報
10月2日 午前6時15分 中国籍の作業船「海洋石油681号」に引き渡す 中央社・フォーカス台湾

表のとおり、放水した側が、その夜のうちに同じ船の救援とえい航まで担った点が今回の特徴です。漁船を見つけた時刻は、公視が「正午ごろ」、自由時報が「午前」と書いており、報道によって幅があります。ここでは海巡署の発表を伝えた中央社の時刻に合わせました。

放水した中国漁船に、なぜ食事を出したのか

錨を上げて離れかけた金鯊が動力を失い、自力で動けなくなったため、海巡署は救援に切り替えました。

中央社によると、雲林艦は金鯊のそばで警戒に当たりながら、夜8時ごろに小型艇で温かい食事を届け、夜11時ごろに制限水域の外までえい航しました。えい航中は、東沙の部隊から増派された巡視艇PP-10032が付き添いました。フォーカス台湾は、食事は漁船側の求めに応じたものだったと伝えています。海巡署は「越境した中国漁船を法に基づいて退去させ、国の海を守ると同時に、人道救援を行う立場は変わらない」とコメントしました(中央社)。

「35食分」と「35人分」、どちらが正しいのか

中国語の発表と報道はどれも「熱食35份」で、35食分と読むのが原文に近い表現です。

日本語版のフォーカス台湾は「温かい食事35人分」と訳しています。一方で、金鯊に何人が乗っていたのかは、海巡署の発表を伝えた中央社の記事には書かれていません。このため、この記事では「35食分」と書き、乗組員の人数は分からないものとして扱います。

法の執行と人道救援を分けた意味

退去させる場面と、遭難しかけた船を助ける場面を分けて対応し、どちらも記録に残した点に意味があります。

(編集部分析)退去を拒む船には段階を踏んで放水し、動けなくなった船は助けて相手側の船に引き渡す。この順序は、自国の水域では一歩も引かないという意思と、相手に「台湾が漁民を見殺しにした」という宣伝の材料を与えない配慮を、両立させたものと評価できます。実力で現状を変えようとする圧力に対しては、法に基づく手順を一つずつ公表することが、最も崩されにくい備えになると考えられます。

(編集部分析)放水と救援を同じ雲林艦が担ったことは、台湾側の対応が感情ではなく手順で動いていることの表れと受け止められます。

Q. 放水でけが人は出たのですか?

A. けが人が出たという報道は、10月3日時点で確認できません。海巡署は、命に関わる部位を避ける手順に沿って放水したと説明しています。

では、なぜ東沙島の周りには台湾が定める「制限水域」があり、漁船が入ると退去を求められるのかを見ていきます。

東沙島とはどこか、「制限水域」とは何か

東沙島は台湾本島の南西、南シナ海にある台湾管轄の島で、周りに台湾が禁止水域と制限水域を定めています。

東沙島は、香港の南東、台湾の高雄から南西に離れた南シナ海の北部にある小さな島で、台湾が管轄し海巡署が警備に当たっています。中国も自国の領土だと主張しています。台湾は、中国の船が許可なく入ることを認めない「禁止水域」と「制限水域」を島の周りに定めています。

禁止水域は基線から12カイリ、制限水域は24カイリまで

台湾の国防部の公告では、東沙は領海基線から12カイリが禁止水域、24カイリまでが制限水域とされています。

この2つの水域は、台湾の「台湾地区と大陸地区の人民関係条例」にもとづき国防部が公告しているもので、1992年に最初に定められ、東沙を含む地域の範囲は2018年に改められました(中国語版ウィキペディア「臺灣地區限制或禁止水域」の整理による)。12カイリと24カイリは、それぞれ一般的な領海と接続水域の幅にあたります。

今回の位置は制限水域の内側8カイリ

漁船がいたのは島の東27カイリで、海巡署はそこを「制限水域の内側8カイリ」と発表しました。

距離の起点は島ではなく領海基線なので、島からの27カイリと「内側8カイリ」を足し引きしても境界の位置は出ません。なお、正体不明の目標をとらえた北東15.5カイリの地点は、禁止水域の内側5.5カイリとされています。

位置関係が分かると、今回の漁船が境界ぎりぎりではなく、水域のかなり内側に入って錨を下ろしていたことが見えてきます。

中国漁船の越境は増えているのか

前年との比較の数字は出ておらず何隻増えたかは分かりませんが、海巡署は違法操業が「悪化の傾向」にあると説明しています。

公視によると、海巡署が退去させた中国漁船は、2026年1月から8月までで延べ411隻にのぼります。

「悪化の傾向」という評価も公視の報道によるものです(公視新聞網)。フォーカス台湾は、海巡署が「中国漁船による越境操業が激しさを増し、その漁獲量が数トンに及ぶこともある」と述べたと伝えています(フォーカス台湾)。411隻は延べ数で、同じ船が何度も数えられている可能性があり、前年と比べてどれだけ増えたかは報道では示されていません。

海巡署の今回の対応を段階ごとに並べると、次のようになります。

1 呼びかけ

無線で3回、退去を求める

2 警告の放水

200mから上空へ30秒

3 退去の放水

接近して操舵室へ90秒

4 救援

動力を失った船に食事35食分

5 引き渡し

水域外へえい航し中国の作業船へ

図のように、海巡署は呼びかけから放水まで力の強さを一段ずつ上げ、相手が動けなくなった時点で救援に切り替えています。

(編集部分析)年に数百隻規模で越境が続くなら、一隻ごとの対応は小さくても、積み重なれば台湾の漁業資源と管轄の実態が少しずつ削られていきます。漁獲が数トンに及ぶこともあるという海巡署の説明からは、台湾の海の資源への影響を無視できない規模だと考えます。

中国政府は何と言っているのか

中国の国務院台湾事務弁公室は、台湾側に「危険な方法で乱暴に扱ってはならない」と求めました。

台湾の経済日報によると、国務院台湾事務弁公室(国台弁)は「関係海域で正常に操業している大陸の船舶・船員を、危険な方法で乱暴に扱ってはならない。重大な結果を招いた場合、一切の責任は台湾側が負う」と述べました(経済日報)。同じ記事の中で、海巡署はSOPに沿って命に関わる部位を避けて放水したと説明しています。

(編集部分析)国台弁は漁船の操業を「正常」と表現していますが、海巡署の発表では、漁船は台湾が公告した制限水域の内側で錨を下ろし、3回の呼びかけにも応じませんでした。しかも海巡署は、その船に食事を出し、無事に中国の作業船へ引き渡しています。批判の言葉と、記録に残った対応のあいだには大きな開きがあると言えます。問題にすべきは漁民一人ひとりではなく、台湾が制限水域の内側とする場所での操業を「正常」と位置づける、中国共産党政権の主張のほうだと考えます。

中央社は、海巡署が公表した放水の映像つきでこの件を伝えています。

(編集部分析)発表に映像を添えたことは、国台弁のような批判に記録で答えられる形を整えたものと受け止められます。

2024年の金門の事故と比べて何が違うのか

2024年の金門では追跡中に中国の船が転覆して2人が亡くなりましたが、今回は死傷の報道がなく船は無事に引き渡されました。

法政大学の福田円教授が東洋経済オンラインに寄せた解説によると、2024年2月、金門諸島の周りの「禁止・制限水域」で、中国から来た船名も登録も無い船が海巡署の追跡中に転覆し、乗っていた4人のうち2人が死亡しました。この水域は1992年に台湾側が定め、中国側も黙認してきたものです(東洋経済オンライン)。

今回の対応から見える教訓

強制的な退去と人道救援を分けて行い、その過程を記録に残すことの大切さが、今回の対応から読み取れます。

今回は追跡ではなく、放水で退去を促してから救援に移っており、死傷の報道は出ていません。

ただし、金門と東沙では場所も、水域の決め方も、相手の船の種類も違います。金門は中国本土の目の前にある島で、事故は高速で逃げる船を追う中で起きました。2つを単純に同じものとして比べることはできません。

(編集部分析)それでも、2024年の事故が中国側に「台湾が漁民を死なせた」と言わせる材料になったことを思えば、今回、退去と救援を分けて公表した対応は、同じ批判を封じる形になっていると評価できます。毅然とした執行と、相手に口実を与えない運用は、対立するものではなく、組み合わせてこそ効くものだと言えます。

金門の経験を踏まえて見ると、今回の東沙の対応は、手順と記録を重ねた慎重な執行だったことが分かります。

日本の尖閣での対応と何が違うのか

ここで比べる尖閣の例の相手は武器を積んだ中国海警局の船で、海上保安庁は警告と退去要求、外交での抗議で対応しています。

海上保安庁は、尖閣諸島で中国海警局の船の領海侵入があるたびに、現場で退去を求めるとともに、外交ルートを通じて中国政府に厳重に抗議していると説明しています(海上保安庁)。宮古新報によると、2026年8月3日には海警局の船4隻が尖閣周辺の接続水域にいて、いずれも機関砲のような武器を積んでおり、尖閣周辺で中国当局の船が確認されたのは23日連続でした(宮古新報)。

海上保安庁は海警局の船だけでなく外国の漁船にも対応しており、尖閣で中国の漁船が問題になった例もあります。ここでは、今回の東沙の件と、2026年8月3日の尖閣周辺の例を並べます。

違いを表にまとめると、次のとおりです。

項目 台湾・東沙島(2026年10月1日) 日本・尖閣諸島(2026年8月3日の例)
相手の船 中国の漁船2隻 中国海警局の船4隻(武器を搭載)
場所の性格 台湾が公告した制限水域 日本の領海とその外側の接続水域
現場の対応 呼びかけ3回、放水(上空30秒・操舵室90秒)、救援とえい航 巡視船からの警告と退去要求、監視警戒
外交の対応 報道では確認できない 外交ルートで中国政府に抗議

表のとおり、相手が漁船か政府の船か、場所が領海かどうかがそもそも違うため、どちらが強いか弱いかを単純に比べることはできません。

(編集部分析)それでも、台湾が漁船に対して手順を踏んで実力を使い、同時に救援の記録も残した点は、日本にとっても参考になります。尖閣でも海警局の船が漁船をともなって現れる場面は想定しておくべきで、そのとき「法に基づく毅然とした執行」と「相手に口実を与えない人道の記録」を両方そろえておくことが、主権を守る力になると考えられます。東沙島の周りの海は、日本のタンカーが通る南シナ海のシーレーンにも近く、台湾の海の守りは日本の安全とも無関係ではありません。

台湾と中国をめぐる最近の動きは「トランプ氏「大戦時の同盟国」発言と台湾の反応」や「アジア大会の台湾タオル制止」でもまとめています。

今後の注目点はどこか

中国側が同じ海域で漁船や公船の動きを強めるか、台湾が同じ手順を続けるかが、当面の焦点です。

東沙ではすでに、2026年6月5日に中国海警局の船「3501」と調査船が制限水域に入り、国台弁が「中国は東沙群島とその付近の海域に主権を持つ。海警の巡視は正常な職務」と述べています(ETtoday)。今回、国台弁は「重大な結果を招いた場合、一切の責任は台湾側が負う」と述べており、漁船の件を海警の巡視を強める理由に使う可能性もあります。一方で、海巡署は「退去と人道救援の立場は変わらない」としています。10月3日時点で、中国側がこの海域で新たに船を出したという報道は確認できません。

続報を確かめるときは、台湾の海巡署の発表を伝える中央社(日本語版はフォーカス台湾)、国台弁の定例会見の報道、日本側の動きは海上保安庁の尖閣のページを見るのが確実です。

(編集部分析)日本の読者にとって大事なのは、これを遠い海の小競り合いとして見過ごさないことです。台湾の周りで起きていることは、日本の南西の海で次に起きうることの予告でもあり、自国の海を自国の手で守る備えを考える材料として受け止めるべきだと考えます。

東沙島の中国漁船放水のよくある質問

最後に、この件で多く寄せられそうな疑問をまとめます。

Q. 東沙島に中国の海警局の船が来たことはありますか?

A. あります。2026年6月5日、中国海警局の船「3501」と調査船が東沙の制限水域に入り、台湾の巡視船と海軍の艦艇が対応したと報じられています。

Q. 漁船は拿捕されなかったのですか?

A. 報道によると拿捕はされていません。金鯊は制限水域の外へえい航され、10月2日朝に中国の作業船「海洋石油681号」へ引き渡されました。

Q. 放水砲は武器にあたるのですか?

A. 海巡署は放水砲を「低致死性武器」の手順の中で扱っています。命に関わる部位を避けて使うことが手順で決められていると説明しています。

新しい発表や中国側の動きがあれば、続報として追記します。

参考情報

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